平成13年卒
平尾 丈
株式会社じげん 代表取締役 社長執行役員 CEO
先生にほめられた別解を貫き続けて
小さい頃から、母が塾の先生をしていたので、自宅には算数や国語のプリントがたくさんあり、いろいろな解き方で問題を解くことを楽しんでいました。ところがある日、学校の先生に教わった解き方ではない方法で正解を出した算数の答案に×を付けられたんです。納得がいかず、先生に直談判したものの受け入れてもらえず。ハイレベルな環境で勉強したい、中学受験しようと考えるようになりました。そこで、文化祭やオープンキャンパスはかなり見て回りました。多様性があり、溶け込めそうな学校はどこかと。そのなかで、海城は記述式の試験で、当時は面接もあり、余白があるような雰囲気は自分に合うんじゃないかと感じたので、海城を受験することにしたのです。
×ではなく、◎で返ってきた答案
入学すると、まず初めに、アインシュタインの『相対性理論』を読んで意見を述べなさいという課題が出ました。中学1年生にはめちゃくちゃ難しい。先生に「これは正解があるんですか?」と聞くと「ないよ」とおっしゃって。結局、答えがないことを問うんですよ、海城は。それに対して、生徒がどう答えるのかを見る。答えのないようなことを考えている人、自分の発想からアウトプットできる人が多くて、これはすごく海城らしいというか、勉強になりました。それに、小学校で×をつけられたのと同じプロセスで数学の先生に答案を出したら、◎で返ってきたんです。他と違う解き方がいいとおっしゃってくださって。子どもながらに嬉しかったですね。オリジナルの発明をしたぞという気になりました。海城の卒業生は、起業家が多いんですけど、こういう教育がフィットしたこと、それに、芽を摘まないでいただいたおかげなんじゃないですかね。自由な発想で、自分の頭で考えてやったことを自分で責任を取って。自立は求めるし、主体性を求めてくる。遊んだりもしながらですけど、教えられたものって大きいなと思っています。
私は、中1、中2くらいまでは優等生だったんです。これは本当に母のおかげで、中学入学前に、数学は中学くらいまでの範囲は終わっていたんですね。それだけアドバンテージがあったので、成績は、1位や2位。それが、中3くらいから成績が落ちこぼれていって、生活態度もどんどん崩れていきました。そんなときに、担任の先生が諭してくださったんです。先生の話を聞いて、大変反省しましたね。
学生社長の存在を知り人生が変わる
当時の海城は、高2で高3の授業範囲を終え、高3では受験対策に入る形でしたが、そんな中で、僕は大学受験なんてしない方がカッコイイ、就職すると言っていたんです。あの頃は、東大や医学部に行く受験校みたいな感じで高校に通っている子も多く、ただ『東大』とか『医学部』だからという理由で大学に行く意味があるのか、家が裕福でなかったので高い授業料も払うのにと思っていました。斜に構えて天邪鬼だった私は、それがカッコイイと思っていたんですね(笑)。祖父が起業家だったのですが父が継ぐ前に倒産してしまい、父はなかなか定職に就こうとせず、母が家計から子供の教育から、すべてを担ってくれていました。だから、母を楽にさせるためにということもあって、働こうと思ったんです。そうしたら、たまたまテレビで慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に通う大学生社長を観て、人生が変わりました。SFCに行くとそういう意識の高い人がいるのか。起業家という生き方もあるのか、これが自分でできたらいいなとSFCだけ受験をしました。
SFCでプログラミングを勉強して、IT社長になりたいと思って入学したんです。ところがそんなに簡単ではなく、幾度となく挫折を味わいましたね。一方で海城の友達も大学や予備校でとても楽しそうにしていて、あれ?進路に失敗したかな?とも思いました。それでも、環境情報学部から転部せずに総合政策学部の授業も受けて、ベンチャーをつくるゼミに所属。1社目を起業しました。その後就活もしましたが、やっぱり起業が捨てきれなかったんです。仲間とビジネスコンテストに出てもらった賞金を原資に、2回目の起業をし、リクルートに了解を得て、起業した企業の代表取締役を兼任したまま入社させてもらいました。
リクルート入社後は、MVPを獲ったり、社内の新規事業プランコンテストで表彰されたりすることで評価され、どんどん大きなミッションを任されるようになっていきました。そして、2006年に尊敬する海城の先輩の内藤裕紀さんが創業したドリコムとリクルートの共同出資によって当社『じげん』の前身企業が設立された際にはリクルートから出向し、23歳で最年少取締役、25歳で代表取締役社長に就任。27歳でMBOを経て独立、30歳で東証マザーズ、35歳で東証一部に上場させました。私よりも年上の社員と始まっている会社ですから、きちんと説明責任を果たして、ついてきてくださる方をリスペクトしながら進めていくことにこだわってきました。今も、いろんな人たちが、このじげんに集まってきてくれること自体に価値があると思って経営をしています。
自分だけの正解にしちゃえばいい
今は、AIやグローバルでの競争もある中で、インプットがあるものに関してはAIが早く上手に解けてしまう。じゃあ、ヒトは何をやるんですかという時代になっている中で、若くてもやれることは増えていると思うんです。私は世界中が資源だと思っているので、全世界のリソースを使いこなし、世の中をリードしていく、とんでもない子達が出てくるんじゃないかと。それは主体的じゃないとできないと思っています。詰込み型の教育で、こうやるのが正解なんだと教え込まれている子より、海城生のような自由と主体性という世界観から生まれるんじゃないですかね。自分の頭で考えて行動する。行動してきたから、自分は今、ここにいる。でも、もっと若いうちからできたんじゃないかとも思えます。若くても起業できるし、グローバルにも活躍できる。ジャンルは何でもいいと思うので、世界を変える人材、自分の頭で考えて行動して、そういう人材が海城生たちからいっぱい生まれてくれると嬉しいですね。我が道を行く戦いが世界レベルで年齢関係なくできるんですから。それが、絶対的に正しい道かわからないですけど、自分だけの正解にしちゃえばいいんです。若い世代の方がすごいという世界がすぐそこにあるんじゃないかという気がしています。
それから、みんなが覚える公式を用いて、早く解いて同じ答えを出すということを私はやってきていません。海城の先生が×をつけなかったことで、別解を貫き続けた結果、それが自分のスタイルになりました。それは、起業家だけでなく、ビジネスだけでなく、いろんな分野のフレームになるんじゃないかなというのが私の意見。それで、2022年に『起業家の思考法』(ダイヤモンド社)を出版しました。少しでも救われる方がいたり、世界が少しでも良くなったらいいと思っていて、著者印税は社会起業家を支援する団体に寄付しています。
じげんはM&Aで多領域に広がっていっています。複雑な経済やITの世界では、何が何と相関するか、とてもむずかしいところ。選択と集中かコングロマリットかではなく、二律背反するものを独自に昇華した企業体をつくりたいなと。『世界中の人の機会を拡げ、進化させる』というじげんの理念に加えて、自分ならではの経営学をつくるのが 今の自分のもう一つの目標です。
平尾 丈
株式会社じげん 代表取締役 社長執行役員 CEO